天敵昆虫は、農業において植物に害を与える害虫を捕食したり、寄生したりすることで殺虫する生物的防除手段です。天敵昆虫を組み合わせることで、農薬だけに頼らず害虫の予防や治療ができます。
この記事では、害虫の種類や天敵昆虫を実際に有効活用されているお客様の事例をご紹介します。
天敵昆虫の利用法
害虫管理のための天敵昆虫の利用には主に以下の方法があります。
放飼増強法
放飼増強法では、市販の天敵製剤などの増殖した少量の天敵を栽培期間中に1回から複数回ハウス内に放ちます。その後天敵が増殖することで害虫を抑制する方法です。生物農薬として登録されている天敵は現在22種です(2022年8月)。
土着天敵の利用
もともとその土地にいる土着天敵を利用する場合には、天敵に害のない農薬の選択や天敵の増加を促す植物を植栽して野外にいる天敵をおびき寄せて利用します。
放つタイミングが重要
天敵の利用は、放飼のタイミングが重要です。害虫が増えてしまった場合は、天敵を放飼しても効果が追いつかないため、農薬で害虫密度を低下させてから天敵を放飼するなどの対応が必要です。
ただし、天敵を利用する場合、殺虫剤の選び方と散布時期も重要です。 天然由来の農薬であっても昆虫忌避物が含まれている場合があるため、事前に確認をしま しょう。
※『天敵等に対する農薬の影響目安』(日本生物防除協議会)などもご確認ください。
一方、早めの対策が望ましいと害虫が極端に少ない状態で天敵を放飼しても、天敵が食べる害虫がいないと天敵が定着しません。
そのため、天敵は適切なタイミングで適切な量を放飼する必要があります。理想としては、害虫の発生初期に少量の天敵を放飼できると、コスト面でのメリットも大きいです。 それをするためには、数週間先の害虫発生の状態を予測が必要です。
天敵の初期定着を向上させる方法
天敵は放飼のタイミングが重要ですが、経験にもとづいて予測するのは難しい側面も多々あります。それをカバーする技術として、害虫が発生していない状況でも天敵を放飼し、維持しながら害虫を待つ方法があります。
バンカー法
バンカー法は、ハウス内に植物に害にならない天敵の餌を用意して、害虫発生前から天敵を継続的に養う方法です。
例えば、図1のようにアブラムシ類の天敵となるコレマンアブラバチを維持、増殖するために、代替寄主(代替餌)としてムギクビレアブラムシを放っておきます。さらに、そのムギクビレアブラムシを維持、増殖するためのバンカー植物としてムギ類をハウス内で栽培します。
もっと知りたい方は『アブラムシ対策としての「バンカー法」技術マニュアル』(農研機 構)をご覧ください。
図1:アブラムシ防除用バンカー法(出典:『アブラムシ対策としての「バンカー法」技術マニュアル』(農研機構))
天敵温存植物の栽培
天敵温存植物は「インセクタリープランツ」と呼ばれるもので、土着天敵の飛来、土着・市販天敵の定着、増殖などを助ける植物のことです。例えば、施設のナス、キュウリ、ピーマンなどでは天敵であるタバコカスミカメが好きなゴマやクレオメが天敵温存植物として利用されます。
代替餌の供給
代替餌は、餌ひもや花粉の散布など天敵が好きな餌のことです。
ピーマンやパプリカの害虫と天敵は?
ここからは、ピーマンとパプリカで問題になる害虫と天敵を紹介します。
増殖の速いアブラムシ類の天敵は?
アブラムシ類は栽培初期から発生し、増殖のスピードが速く、防除が遅れると生育が止まってしまうため注意が必要です。特にピーマン等ではワタアブラムシとモモアカアブラムシが問題になります。
アブラムシ類の天敵その①:コレマンアブラバチ
アブラムシ類の天敵として「コレマンアブラバチ」が使われています。捕食ではなく、アブラムシ類に卵を生みつけマミーを作り繁殖し寄生します。
バンカー法によりコレマンアブラバチに加えてピーマンを加害しないムギクビレアブラムシと麦類をあらかじめハウス内に入れておくと、害虫のアブラムシ類が施設に侵入するとすぐに天敵が攻撃します。
もっと知りたい方は『コレマンアブラバチを用いたバンカー法による施設ナス・ピーマン等でのアブラムシ防除』(農研機構)をご覧ください。
アブラムシ類の天敵その②:ギフアブラバチ
また、ピーマンの害虫であるジャガイモヒゲナガアブラムシや、パプリカの害虫のモモアカアブラムシの天敵として「ギフアブラバチ」が利用されることもあります。
もっと知りたい方は『ギフアブラバチ利用技術マニュアル』(農研機構)をご覧ください。
食害により実を腐らせるアザミウマの対策は?
アザミウマには黒色のヒラズハナアザミウマや、黄色のミナミキイロアザミウマ、ミカンキイロアザミウマがいます。
ミナミキイロアザミウマ
ミナミキイロアザミウマの成・幼虫は葉、果実、へた、果梗などを吸汁加害します。また、葉の初期被害は葉脈に沿って小さな白色斑点がみられる程度ですが、ひどくなると葉縁から褐変し始め、葉全体が褐変して落葉します。生育への影響や果実の品質低下(被害部が灰褐色を呈したケロイド状になる)にもつながります。
ミカンキイロアザミウマ
ミカンキイロアザミウマによって、ピーマンの葉、果梗、へたと、へたと果実の間が加害されます。果梗やへたは褐変し、へたの周囲が黒褐色になります。
ヒラズハナアザミウマ
ヒラズハナアザミウマは、ピーマンやシシトウでは、主に花に寄生し、密度が高くなると幼虫がへたの下に潜り込み加害します。そのため、へたの周囲が黒く変色します。また、果実表面に産卵痕と思われる小さな突起が生じます。
アザミウマの天敵その①:スワルスキーカブリダニ
アザミウマ類の天敵として「スワルスキーカブリダニ」や「タイリクヒメハナカメムシ」が使われます。
スワルスキーカブリダニは植物の葉裏に産卵します。アザミウマ類の1齢幼虫やコナジラミ類の卵・幼虫をよく捕食します。花粉の多いピーマンと相性がよいですが、トマチンを嫌うためトマトでは利用できません。
アザミウマの天敵その②:タイリクヒメハナカメムシ
タイリクヒメハナカメムシは、日本に7種生息することが知られるハナカメムシ類です。休眠が浅いので、冬季の短日条件下でも有効に働きます。また、11度以上で発育できますが、高温時により有効に働くため初期のアザミウマ対策として春先から秋にかけての高温期の使用が理想的です。
落葉の原因となるハダニ
ハダニ類のナミハダニに加害されると、葉に白色の小斑点が生じます。また、葉脈間が黄化し、落葉しやすくなります。
ハダニ類の天敵その①:チリカブリダニ
ハダニ類の天敵として「チリカブリダニ」や「ミヤコカブリダニ」が使われています。 カブリダニ類はトマトでは植物体表面の粘着物質で動けなくなるので注意が必要です。
チリカブリダニは、ナミハダニ、カンザワハダニなどTetranychus属のハダニのみを捕食します。ミカンハダニ(Panonychus属)は捕食しないので注意してください。チリカブリダニのハダニ卵の捕食量は、ミヤコカブリダニの3倍程度あり、ハダニの密度を素早く減少させます。しかし、花粉やその他の害虫を捕食しないため、餌となるハダニを食べ尽くすと、チリカブリダニもいなくなってしまいます。
ハダニ類の天敵その②:ミヤコカブリダニ
ミヤコカブリダニは、日本土着のナミハダニやカンザワハダ(Tetranychus属)のほか、ミカンハダニ(Panonychus属)など幅広い種類のハダニ類を捕食します。また、アザミウマやコナジラミを捕食するという報告もあり、同時に防除できることも期待できます。
スワルスキーカブリダニと同様に、植物の花粉も食べることができ、飢餓耐性も高いため、ハダニの発生前に放飼すると待ち伏せて捕食します。
すす病の原因にもなるコナジラミ
コナジラミ類の成・幼虫は、汁を吸って植物の生育抑制します。また、排泄物で発生するすす病による汚れとそれに伴う同化作用を阻害します。
タバココナジラミにはいくつかのバイオタイプがあります。あまり増殖は多くありませんが、バイオタイプBの寄生によって、ピーマンの生長点部と果実が白化する被害が出ます。
バイオタイプQはピーマンでも増殖が激しく、すす病が発生しやすいため注意が必要です。バイオタイプQの寄生密度が高くなると、葉脈に沿って黄化がみられます。
コナジラミ類の天敵:タバコカスミカメ
コナジラミの天敵として、「タバコカスミカメ」が使われています。タバコカスミカメは、雑食性のカメムシで、コナジラミやアザミウマを捕食します。ゴマやクレオメなどの天敵温存植物も餌とします。主に西日本では土着の天敵としての利用が進んでいます。また、農薬登録されたためタバコカスミカメ剤の販売も地域限定で始まりました。
そのほか、カブリダニ類やツヤコバチ類もコナジラミの天敵の選択肢です。
天敵昆虫でIPM(総合的病害虫管理)の第一歩
農業は害虫の防除が課題の一つです。天敵昆虫はその害虫を生物的に防除することで問題解決の糸口となります。
それだけでなく、天敵を導入することで害虫の発生状況を観察し予測を立てる力や、各種の天敵と一緒に使用できる化学農薬のタイミングと量の検討することにより農薬の知識も深まります。そして化学的な防除法だけでなく、物理的な手法や生物的な手法をなどをコストも踏まえて検討し、組み合わせて使用することで、化学農薬の量を減らしながら、病害虫や雑草の増加を抑え、経済的な損失を最小限に留める取組みであるIPM(総合的病害虫管理)を進めることにつながります。
ココカラは、環境負荷の低減と経済性の向上の両立を目指す取り組みや情報について、引き続き提供してまいります。
もっと知りたい方はこちらも…
- 『土着天敵を活用する害虫管理 最新技術集』(農研機構)
- 『第3章 東海・近畿地域のとうがらし類の有機栽培技術』(農研機構)
- 『病害虫・雑草の情報基地』(Webサイト)